kana Matsumoto

こんにちは、松本佳奈です。

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松本佳奈

1985年生まれ
海とあさりとブルーベリーの町、千葉県木更津市出身のアーティスト、シンガー・ソングライター

幼い頃、家庭内で対立する母と祖母の板挟みになったり、いじめや学級崩壊がきっかけで不登校になった経験等から、どうしたら違う感性・価値観を持つ人が一緒に生きられるかを考え続けてきた。

2008年より都内を中心に演奏活動を始める。ふとした日常の穏やかな風景からシニカルに世間を貫くメッセージまで、自身の経験から紡いだ楽曲たちは老若男女問わず共感を呼んでいる。見た目からは想像のつかない力強く透きとおった歌声を持つ。
シンガーソングライターという枠組みにとどまらず、ブルーベリー園などの自然環境や、お寺、廃業した銭湯など、地域の特色を生かした四季折々のライブを自ら企画運営する。2018年に第一子を出産してからは助産院にて授乳やオムツ替えをしながら聴けるライブも開催。

音楽活動の他にも、自然環境の中での自主保育や、食育、アートを用いた幼児教育「感性の教室」を主宰するなど、【違いを認め合う】をテーマに幅広く活動している。これまでに5枚のアルバム、2枚のシングル、2枚のDVDをリリース。

現在、毎日庭にサルやイノシシが訪れるような里山の古民家に暮らし、太陽と共に起き太陽と共に寝る日々。旬の野菜を食べること、生き物を観察することが好き。テレビのない生活、味噌や醤油を手作りしたり、友人の田んぼを手伝ったり。
わたしの活動が、年齢や性別、国籍、価値観がばらばらな人達を繋ぐ一本の糸となりますように。

<略歴>
2012年 代表曲「Strings」を収録した3rdアルバム『生きているだけの価値』全国発売
2014年 ベルウッドレコード Cocktailレーベルより4thアルバム『死んだように生きるのはもうやめた』全国発売
2014年 渋谷duo MUSIC EXCHANGEにて300名ワンマン開催、満席御礼
2015年 ウィルチェアーラグビーリオパラリンピック予選決勝 国歌斉唱
2016年 クラウドファンディングにて自主制作5thアルバム『魔法の手のひら』制作
2016年 ちばてつや原作アニメ「風のように」(第一回やなせたかし文化賞受賞作品)主題歌
2017年 長野県いいやま菜の花まつりイメージソング
2017年 映画「話す犬を、放す」エンディングテーマ
2018年 木更津市公認ふるさと応援団就任
2019年 木更津市立富来田小学校校歌作曲
2019年 bayFM ハーバーシティ蘇我CM制作 
2019年 映画「たまらん坂」劇中歌(フランス マルセイユ国際映画祭2019インターナショナル部門入選)

<その他>
2013年 ヴィパッサナー瞑想10日間合宿修了
2013年 寺子屋ブッダ主催「死の体験旅行」修了
2017年 創造的指導者養成講座 「レッジョ・エミリア・アプローチを知る 」 基礎編修了
2017年 長野県飯山市小菅の里にて修験体験 修了
2019年 子どものチカラを引き出す大人になる親のための「アートワークショップ」修了

春のお寺ライブ

お寺の本堂で、座禅体験+音楽+珈琲 そして身体に優しいお寺ごはん。予約制タイ古式マッサージも。
(2012年〜木更津愛染院)

初夏の森のライブ

森の中にある隠れ屋カフェで、ライブペインティング+コンテンポラリーダンス+珈琲とマフィン。
(2013年〜富津cafeGROVE)

木更津銭湯フェス

廃業した銭湯を活用して芸術+お酒とおつまみ。春・夏・秋開催。
(2017年〜木更津人参湯)

夏のブルーベリーライブ

山のブルーベリー園で、摘み取り+ライブペインティング+アート体験 
(2017年〜木更津エザワフルーツランド)

秋のホール独演会『ことばの色彩』

教会のような美しいホールで、グランドピアノと歌声に浸る上質な時間。
(2017年〜東京 永福町 sonorium)

感性の教室

音から色をつくるワークショップ。
同じ音楽を聴いても、浮かぶ色は人それぞれ違います。表現することで、「ああ、この人はこういう人なんだなあ」と、目に見える形でわかるのが、芸術の面白いところだなと私は思っています。

だから、上手く描こうとか、技巧がどうとか関係なく、「私にはこう見えています、こう感じています」を表現する教室をやりたいなとずっと思ってきました。開催のご依頼も承ります。

競うことに疲れた子どもたちへ。
そして大人のみなさんへ。

森のようちえん おひさまびより

自然の中で自主保育。森のようちえん「おひさまびより」は毎週水金、千葉県木更津市・君津市を中心に、0歳から参加できる外遊びです。森に出かけて木苺狩りをしたり、池を作って稲を植えたり、畑を耕したり。

この世界には自分以外にも様々な生き物が暮らしていて、人間も生態系の一部なんだということ。私たちを育む豊かな自然を肌で感じること。太陽の光、土の匂い、やわらかな風の感触。子育てを通じて、大人も原点に立ち帰れるような…そんな森のようちえんです。私はちょこっとお手伝いしつつ参加しています。
参加希望、お問い合わせはメールにて。

北村食堂

月イチ、不定期開催の移動式食堂。
「もう疲れた。今日夕食作りたくない。ご飯と味噌汁だけでいいからサクッと食べたい」そんな気持ちになる日があって、じゃあ自分でやっちゃおうかな!と思い立ちました。

大がかりなイベントじゃなく、日常の夕食の延長で開催したい。「ご飯たくさん炊いたから食べに来る?」くらいの感覚で開催しています。

食事と睡眠が整うと、大体の問題は解決すると私は思っています。平和は温かいご飯から。

マヤ暦鑑定

生年月日から、その人が持つ本来の性質を鑑定いたします。

2014年に持病(反応性関節炎)で突然歩けなくなり、入院したことがあります。それ以来、筋肉が緊張してしまい、高い声が出なくなってしまいました。「歌の仕事ができなくなるかもしれない」という壁に直面し、何か手に職を…と思って勉強したのがマヤ暦鑑定でした。

マヤ暦はこよみです。1日1日は違うエネルギーを持っていて、私たちはその日のエネルギーを受けて生まれてきます。生まれた日が持つエネルギーの意味を読み解きながら、その人が持つ役割や傾向を探っていきます。家族、パートナーなど身近な人との相関関係(相性)も見ることができます。互いの性質の違いを理解できたら、接し方も変わってくるかもしれない。
人前に立ち群衆をリードする役割の人もいれば、縁の下の力持ちもいる。とんでもなく自由人もいるし、生真面目もいる。様々な役割を持つ人たちで、世界は構築されている。私はマヤ暦から「必要ない人はいない」というメッセージを感じるのです。

Cover song Live

カフェやレストラン、ホテルラウンジでの70〜80's洋楽coverライブもご依頼承っております。(Carole King、Joni Mitchell、The Carpentersなど)

ご依頼承ります

◎ご依頼演奏(イベント、結婚式等での演奏)10万円〜
◎四季折々、地域の特徴を生かしたイベント企画制作 20万円〜
◎楽曲制作(ラジオCMやイメージソング等の制作も)30万円〜
◎学校などでの講演(不登校、ADHD、マイノリティに関する内容)20万円〜
◎感性の教室(5〜10名まで)3万円〜
◎マヤ暦鑑定(生年月日から、その人が持つ本来の性質を鑑定致します)5千円〜

※料金は目安です。条件によって異なりますので、お気軽にお問い合わせ下さい。

私の想い

小学生の頃、運動会のリハーサルも、卒業式のリハーサルも、大嫌いだった。地獄のように辛かった。間違えないように、決まった台詞を、その時の自分の感情とは無関係に淡々と行なっていくという行為は不自然だと感じていた。

将来、人前に立って話す機会があったら、例え上手く喋れなくても自分の言葉で喋ろうと決めていた。誰かが用意した台詞を読むなんてまっぴらだと思った。

今。毎日、予想もしていなかった人との出会い、表現の機会に恵まれていて、その度に、生きたかった人生を生きれていることへの有り難みを感じる。そして、予定調和があるから安心して踏み外しもできるんだということ。他人が用意した台詞を読む面白さも感じている。

一度否定して狭まったものが、経験して、気付きを得て、ふわっと広がる。その過程すべてが可能性に満ちて、きらきらと光を放っている。

6年前離婚したとき、誰かの価値観に縛られて自分の可能性を狭めるような生き方はもう絶対にしないと思った。私は私、人は人。他人の人生の選択には全く興味がない。それぞれが好きに生きたらいいと心から思う。唯一の願いは、それぞれが好きを選択できる世の中でありますようにということだけ。

だから私がやりたいことは世界平和で、異なる価値観同士が尊重し合って生きるにはどうしたらいいのかを突き詰め表現することです。 アート、想像力、自己表現は、その鍵になると実感しています。

自己否定、卑下、比較や嫉妬がなくなって
自己受容、自己肯定、私は私、あなたはあなたと尊重し合えたら。

価値観の違う人同士でも、同じ生き物としてこの地球に生存するために、「自然環境と調和する」「子供達が健康に生きる環境を整える」という部分は共通の目的として協力し合えたら。

大人こそが、自己表現したらいい。
子供のためじゃなくて、まず自分自身が。
否定され、型に嵌めらて、失って諦めて枯れてしまった心に水をあげること。奪われてしまった自分の言葉を取り戻すこと。

そこには可能性と希望があって、きらきらと光を放っている。

(ブログ『まつかな日誌』より抜粋)

私は中学のとき不登校でした。当時いじめもあったし、クラスは学級崩壊していました(とはいえもう20年も前のことです。やですねこんなに覚えてるの。笑)そしてADHDという発達障害の注意欠陥タイプ、グレーです。集団生活は苦手です。

例えば、「時間通りに学校に行く」
たったそれだけの当たり前のことをするのに、前日から入念に準備をして、シュミレーションして、遅れないように気をつけているのに、どうしても遅刻してしまう。苦しいくらいにものすごく頑張らないと、「普通」ができない。
当時、こんなに苦しくて大変なことをどうしてみんなは当たり前にできるんだろうと不思議でした。あの頃にADHDのことを知っていたらだいぶ気持ちが楽だったんじゃないかと思います。

ライブ活動を始めてから、歌手や画家や、チーズ職人やセラピストや、山伏や、もう書ききれないほどの様々な分野で活躍する仲間に出会いました。その中には、重度の障害を持つ人もいます。
福祉の仕事に携わる友人、また、私に演奏依頼を下さる福祉施設の皆さんのお陰様で、障害を持つ方とお会いする機会も多いです。ふと見渡せば、周りは「普通」に当てはまらない人ばかり。誰も、同じ人はいないです。みんな違う意見を持ち、意思を持っています。

障害で一括りにしない
健常で一括りにしない
個々の意見、主張、個性を互いに尊重する相手の話を聞く事情を理解する

結局そこなんじゃないか。
いろんな意見があっていい。それぞれが正しさを持っている。折り合わないこともある。100人いれば100通りの感じ方、考え方があって当たり前。そこにジャッジはいらない。正解はない。

「おもしろかったです」
「どの辺りが面白かったの?」
「………」
と、子どもたちが言葉に詰まってしまうのは、自分の意見ではなく大人が用意した台詞を言わされてきた経験や、大人が求める正解を察しないと怒られるというプレッシャーがそうさせるんじゃないかと感じるときがあります。
私自身が、そういう子どもでした。親や先生が求める自分になれば褒められる。親や先生が求める自分になれなければ価値がない。そう思って子供時代を過ごしてきました。そんなこと繰り返していると、自分というものが無くなっちゃうんです。

自分自身の言葉を守ること。誰かの期待に応えられなくても、いいや!知らんがな!命を守ろう。
SNSがこれだけ広まって、1億総ジャッジ社会だなあと思っています。いつも誰かが誰かを責めている。審査している。匿名の大人たちが口汚く罵り会うのを子どもは見ている。
私の中の子どもが見ている。そして見られている大人です。

(ブログ「まつかな日誌」より抜粋)